t.4.2.(F)
すごく、すごく好きな人がいた。
その人は、いつもなんだかふざけていて。
いつもなんだか、演じていた。
笑っている、明るい自分。
それが、彼が与えようとした彼。
でも、誰もいつも元気一杯なんてあり得ないし、いつも冗談ばかりなんて疲れるに決まってる。
あの日、あの人は本音をぽとりと道端に落とした。
誰も聴いていないと思って。
誰もが、抱く密かな願い。
寄り添いたい。
それを私はこっそり拾って、胸の中に仕舞う。
優しい、温かな弱音。
あの人が探しているモノになりたいと思った。
柔らかい湯気を立てる紅茶が店を満たしていて不意にさみしくなる。
「ねぇ、貴方に話すと楽になるわ」
そう言って、彼の顔を見ずに自嘲する。
そっと、拾った貴方の弱音は今も私のポケットの中。
「彼女に怒られちゃうかな?」
今度は、そっと彼の表情を伺うように、顔をあげる。
寂しそうに口許から笑顔を作る。
「彼女なんかいないから」
顔を上げた時は.......ほら、いつもの笑顔。
ねぇ、私にその寂しそうな笑顔に寄り添わせて。
紅茶に満たされた店の中に、灯りがともり始める。
キラキラと雫が輝きながらグラスの表面を滑り落ちる。
今日も、また打ち明けられそうにない私の想い。