なんで今更
気づかれないように、さり気なく....。
身を潜めたつもりだった。
貴方の足音。
タバコの薫り。
ポケットに入った小銭とライター。
ずっと、避けてた。
貴方を好きな私さえ忘れかけていたのに。
貴方は、私を見つけてしまう。
声をかけないで、気づかない振りをしてと、神様に願ってもその想いは聞き届けてくれなかった。
ガランとした部屋に、息を潜めて兄たちを次々に呑み込んで行くオオカミを恐れる子ヤギの様に、私は隠れていたのに...。
ギギギィ。
と、重く軋む扉に息さえも呑み込んで、声をあげそうになる自分を抑え込む。
「なんで、逃げるんだよ」
貴方の声は、軽やかに私の鼓膜までスルリと忍び込む。
「ずっと、探してたんだからな」
「わた....し、を?」
「他に誰か居るか?」
居るじゃない、他にもいっぱい。貴方は、お腹いっぱいに成る程子ヤギ達を呑み込んで、更に両手いっぱいにも抱えているんでしょう?
そんな風に言い返せばいいのに、私の舌は
「だって...」
それだけ言うので精一杯だ。
もう、まるでそれは貴方が、常に持ち歩いているタバコにライターで火を点けるほどに自然で、私になんて逃げる余地なんて数ミリだって無いんだから。
首筋から耳の後ろに長い指が髪を梳くように、流れて、もう一方の腕は腰をやんわりとガードする。
まるで、私の意志でこの場から逃げなかった事を主張するかのよう...。
なんて、なんて.....狡い。
「私だけの貴方じゃない癖に...!」
「ごめん」
申し訳なさそうに笑う貴方。
「謝るなら....こんな事しないで......」
「ごめん」
お腹いっぱいのオオカミの癖に、そんな目で見ないで....。