おめでとうございます


覗き込むと、空に落ちてしまいそうな錯覚に


ヒヤリとする。



晴れた日の水たまりは、特に深い。
澄み渡る青空といわし雲が秋の訪れを足元から教えてくれていた。

「びっくりした。」

舗装された道とはいえアスファルトが大分傷んでいて、あちこちに大きな水たまりができている。

普段は、こんな水たまりだらけの道で夢想したりしないが、次の作品について考えているとついつい周りが見えなくなっていた。

締め切りは来月。


結構あるようで、行き詰まった人間には光のように過ぎてゆく短い時間だ。


なにせ、彼の頭の中にはコンセプトさえ朧気な状態で何をどう、進めて行けばいいのか全く見当足らない。

そっと、水たまりに足を浸けてみると
さっきまで鮮明に映し出されていた空はかき消されて、ただの雨水になってしまう。

きっと、今も空はこの水鏡の中に続いているだろうが、今は無機質なデコボコとしたアスファルトだけが視界を埋め尽くす。

自分の足が作った波紋が落ち着くと空が再び足元に広がって
蒸し暑さを自分に思い出させる。


「暑い…」


もう10月だというのに昼間は未だに蒸し暑い日が続いている。
朝晩は上着がなければ寒いくらいなのに。

足元に広がった空をボンヤリ見つめていると
昔、水たまりを踏みつけて歩いているとアメンボが水面をツツツ…と移動していたことを思い出す。

あれは、一度や二度なんてものじゃなくて
割としょっちゅう見かけていたように思うけど。



いつの間にか、あの奇妙な虫を見なくなった。
今でも居るんだろうか?
と、物思いに耽ってしまっていた。

水の上を滑らかに滑って行く自分を白昼夢の中に見ていたら、軽やかなメロディーが頭の中で微かに鳴ったような気がしてビクリと体を震わせる。

「行かなきゃ」


水たまりの中に居る事も忘れ勢いよく歩き出す。
走り出したいような叫びだしたいような高揚感。

こんな感情を誰が知って居るだろう?
自分の内側から何かが産まれる瞬間。
指と指の間をすり抜けていきそうな弱々しく儚い小さな欠片。


落とさないように、なくさないように。


あぁ、どうか

この名もない歌が
誰かの胸に響きますように。


あちこちに、小さくて深い空が落ちているけれど、もう落ちたりはしない。

この空の中を滑るように駆けて飛び上がって、産まれ零れる音を確実に慎重に紡いでいく。


水鏡の空じゃなくて、途切れる事のない空に高く!

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お誕生日おめでとうございます。

どこまでも透き通っていた酒井さんの声に少しずつ、何かが映って色がついていく

これから、どんな色になっていくのか本当に楽しみです。

今年も酒井さんの声に捕らわれてしまう私を許してください(笑)